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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和25年(わ)278号 決定

主文

本件公訴を棄却する。

理由

一、検察官は、昭和六一年三月二二日本件につき「本件被告人は、所在不明となつた時より既に三五年余を経過し、その間所在捜査を尽したが発見に至らないため」との理由で公訴を取消した。

二、ところで、刑訴法二五七条は「公訴は、第一審の判決があるまでこれを取り消すことができる」と規定しているところ、本件記録によると、本件の事実経過等は次のとおりであることが認められる。

昭和二四年四月一五日 検察官が当裁判所に被告人を詐欺罪で公訴提起し、公判請求(昭和二四年(り)第九七号)

同年五月四日 当裁判所が有罪判決宣告

同日 被告人控訴申立て

同二五年四月一〇日 福岡高等裁判所が「原判決を破棄し、福岡地方裁判所飯塚支部に差し戻す」旨の判決宣告

同年六月九日 当裁判所記録受理(昭和二五年(わ)第二七八号)(なお、差戻し記録受理後、当裁判所が被告人に宛てて送付した弁護人選任に関する事務連絡文書及び差戻し後の第一回公判期日召喚状等は、いずれも転居先不明により送達不能となり、その後今日に至るまで被告人の所在は不明である。)

三、右のとおり、本件は、昭和二四年五月四日に第一審判決が宣告されているので、前記刑訴法の規定に照らし、検察官の本件公訴取消しの適否について検討する必要がある。

ところで、私的紛争の解決を目的とする民事訴訟においては、訴えは「判決の確定に至るまで」これを取下げることが可能である(民訴法二三六条)とされていることと対比して考えると、特定人に対する国家刑罰権の確定を目的とする刑事訴訟においては、第一審裁判所によつて被告人に対する刑罰権の存否等についての終局的な判断が示された以上、その本来の効力は判決の確定をまつて発生するものではあるが、その確定前といえども、公訴取消しという検察官の処分によつて、右判決によつて示された判断を無意味なものに帰せしめることは、「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する」という刑訴法の目的(刑訴法一条)に反することになるものといわなければならない。これが、刑訴法二五七条の公訴取消しの可能な時期として「第一審の判決があるまで」と規定した趣旨であると解される。

しかしながら、いつたん宣告された第一審判決が、上訴審において破棄されると、破棄された右第一審判決は、それが確定することによつて生ずるはずであつた本来の効力を生ずる可能性を完全に失い、その限りで第一審判決がなかつたのと同じ状態に復帰するものと解される。そして、右破棄判決が第一審への差戻し又は移送を命ずるものである場合には、その判決の確定により、差戻し又は移送を受けた第一審裁判所は、あらためて第一審裁判所としての審理をしたうえ判決をすることになるのである。

そうだとすると、破棄差戻し又は移送後の第一審裁判所の判決があるまでに、検察官が公訴を取消しても、それにより無意味なものに帰せしめることになる第一審判決はいまだ存在しないのであるから、刑訴法一条の規定する目的に反することにはならないものと解するのが相当である。

四、そうすると、本件公訴の取消しは適法であるから、刑訴法三三九条一項三号により主文のとおり決定する。

(裁判官喜久本朝正)

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